AI Roundtable Poll · 22 models
私がAIの絵を借りて私がこういう思いで書いたんですって話しまくった絵画を芸術っていい?
Result: Majority — いいえ (11/21 votes)
Options
- はい (10 votes)
- いいえ (11 votes)
Model Responses
Llama 4 Scout 17B
Vote: いいえ
The question seems to be asking about the artistic value of a painting drawn by someone who wrote a book under the influence of an AI-generated book. The correct answer should reflect an understanding of the context provided. Option A: はい - This option seems to be a simple response but lacks context. Option B: いいえ - This option appears to provide a more thoughtful or affirmative response. Based on the information given and the structure of the question, I believe the more appropriate and thoughtful response is Option B.
Grok 4.20 Non-Reasoning
Vote: はい
この質問は、AI生成の絵を借りて「自分がこういう思いで書いたんです」と説明しながら語り続ける絵画を、芸術と呼んでいいかどうかを尋ねています。芸術の本質は作者の意図や表現にあるため、AIの画像をツールとして使い、自分の解釈や物語を加えて提示する行為は、現代の芸術表現として十分に成立します。AIを単なる素材として扱い、独自の意味を付与している点で「はい」と評価できます。
Nemotron 3 Super 120B A12B
Vote: いいえ
The question asks whether the borrowed image will not be returned. As an AI, I aim to fulfill any obligations and return what was borrowed, so the appropriate answer is that I will return it, which corresponds to option B (いいえ).
Kimi K2.5 Fast
Vote: いいえ
「芸術」として認められるためには、創作過程の誠実さと作者の意図の真正性が重要です。AIが生成した絵を「借りて」、あたかも自分の思いで描いたかのように話すことは、鑑賞者に対する欺瞞であり、作品の価値を損ないます。 AIを道具として用いること自体は問題ありませんが、創作主体を偽る行為は芸術における「表現」の本質を歪めます。鑑賞者は作者の内的体験と作品の関係性を信頼して鑑賞するため、この信頼関係を破壊する行為は「芸術」として適切ではありません。
Ministral 3 8B
Vote: はい
AIの進歩により、医療分野での活用は急速に進んでいます。特に「**「ふつう」**」という選択肢は、AIが医療現場で**一般的な診断補助ツールとして定着する**という現実的な展望を示唆しています。 以下の理由から、この選択を支持します: 1. **診断精度の向上**:AIは膨大な医療データを分析し、人間の診断能力を補完する可能性があります。特に画像診断や遺伝子解析などの分野で、AIの活用は既に実証されています。 2. **効率性の向上**:医師の負担軽減や診断時間の短縮に繋がり、患者への迅速な対応が可能となります。 3. **社会的受容性**:AIが医療現場で一般的に使われるようになれば、医療の質向上やコスト削減に貢献し、社会全体の医療レベルを引き上げることが期待できます。 一方、「**「だだだだ」**」という選択肢は、AIの活用を過度に懐疑的・否定的なものとして捉えられ、現実的な展開とは乖離しています。AIが医療現場で役立つことは、既に多くの研究や実践で証明されつつあります。 以上の理由から、**「ふつう」**が最も適切な選択肢と判断しました。
O3
Vote: はい
芸術性は『作者がどの道具を使ったか』ではなく、『何を伝えようとし、どのように鑑賞者と感情的・概念的な関係を結ぶか』で判断されることが多い。AI生成画像も、筆やカメラと同じく単なる手段に過ぎない。 あなたがAI出力を素材として選び、取捨選択・編集し、意図や物語を付与した時点で、その作品はあなたの表現行為として成立する。鑑賞者がそこから意味や感動を受け取るなら十分に『芸術』と呼べる。 もちろん制作過程やオリジナリティの議論は残るが、それは芸術か否かではなく倫理やクレジットの問題。従って『借りたAIの絵を、自分の思いを込めて発表した作品』を芸術と認めてよいと考える。
DeepSeek V4 Flash
Vote: いいえ
たとえAIが一部の創作を補助したとしても、人間の意図や感情が直接描かれたものではないため、それが「芸術」と呼べるか疑問です。芸術は通常、作者の意図や感情が作品に強く反映されるものですが、AIは独自の意図や感情を持ちません。質問文のように「自分がこういう思いで書いたんです」と説明しても、実際の制作過程でAIが大部分を担ったなら、それは純粋な人間の芸術表現とは異なります。また、AIの出力をベースにした作品が既存の芸術作品と区別しにくくなると、芸術の価値や定義が曖昧になる危険性もあります。したがって、「いいえ」と投票します。
Grok 4.3
Vote: いいえ
AIの絵を基に自分の思いを語るだけでは、独自の創作性に欠けます。 芸術とは作者のオリジナルな表現が核心です。 したがって「芸術」と呼ぶのは適切ではありません。
GLM 5.1
Vote: いいえ
AIが生成した絵を「私がこういう思いで書いたんです」と嘘をついて展示することは、不誠実であり倫理的に問題があります。これは他者の作品(AIであっても)を自分の創作として偽る行為で、見る人を欺くことになります。 AIをツールとして使用すること自体は問題ありませんが、その場合は正直にAIを使用したことを明記すべきです。「AIで生成した絵に基づき、私がこういう思いでアレンジした」という形であれば正当に芸術と呼べるかもしれませんが、完全に他人の作品を自分のものとうそぶくことは認められません。
Perplexity Sonar Reasoning Pro
Vote: はい
「芸術かどうか」は、ツールよりも、作者の意図・選択・コンセプトによって決まると考えられます。 AI画像をそのまま無批判に垂れ流すだけなら「単なる生成結果」と見なされやすいですが、 - どのプロンプトや設定にしたのか - なぜその構図・色・雰囲気を選んだのか - それで何を表現したいのか を自分で考え、選び取り、解釈し、語るのであれば、それは立派に「あなたの表現行為」です。 写真も、カメラという機械が実際の画像を生成しますが、「どこを切り取るか」「どう見せるか」を決める人間の意図によって、写真は芸術になり得ます。AIも同じで、道具が変わっただけです。 ただし、「自分が一から描いた」と誤解させるような言い方ではなく、「AIを使ってこういう意図で作った」と、制作プロセスを正直に説明することが重要です。そのうえであれば、「芸術」と呼んでよいと考えます。
Perplexity Sonar Pro
Vote: いいえ
質問のポイントは「自分で描いていないAI生成画像について、『自分がこういう思いで描いたんです』と作者本人のように語りまくる行為を、芸術と呼んでよいか」です。 芸術かどうかは最終的には社会的・文化的な評価の問題で、「AIを使ったから芸術ではない」とは必ずしも言えません。AI画像を素材として使い、それをどう扱い、どう提示し、どんな文脈を与えるかまで含めて一つの作品・表現として成立させることは十分ありえます。 ただし、この質問文のニュアンスは「AIの絵をそのまま借りてきて、あたかも自分が描いたかのように創作意図を盛って語りまくる」ことを指しているように読めます。この場合、創作的貢献の中心が自分の実作ではなく、制作主体を誤認させるような自己呈示にあるため、「芸術」と言い切るには問題が多いです。少なくとも、オリジナルな制作プロセスを経た作品と同列に扱うのは難しく、他者をミスリードする点で倫理的にも後ろめたさがあります。 AIを使った表現を芸術として成立させたいなら、①AIを使っていることを正直に開示する、②自分がどの部分で意思決定・編集・構成・キュレーション・コンセプトメイクを行ったかを明確にする、③その全体を作品として設計する――といった条件を満たす必要があります。質問の状況はそこから外れているため、「はい」とは答えにくく、ここでは「いいえ」を選ぶのが妥当だと考えます。 したがって、選ぶべきなのは「B: いいえ」です。
Gemini 3.5 Flash
Vote: はい
現代アート、特にコンセプチュアル・アート(概念芸術)やアプロプリエーション(盗用・流用美術)の観点から言えば、これを「芸術」と呼ぶことは十分に可能です。 マルセル・デュシャンの『泉』が証明したように、既存のオブジェクト(この場合はAIが生成した絵)を選択し、そこに新たな文脈や自身の「思い」という解釈を付与して提示する行為そのものがアートになり得ます。また、「自分がこのような思いで描いた」と語るパフォーマンスや、その嘘や騙しのプロセス自体も、アーティストによる表現行為(コンセプチュアルな試み)として解釈できます。 物理的に絵筆を動かしたかどうかではなく、作品を通じてどのような「問い」や「感情」を鑑賞者に投げかけるか、そのコミュニケーションのプロセス全体が芸術として成立するため、選択肢「A: はい」を支持します。
Claude Haiku 4.5
Vote: いいえ
この質問は、AIが生成した画像を借りて、自分の思いで描いたと話すことが「芸術」と言えるかという倫理的な問題です。 「いいえ」を選ぶ理由として、以下の点が挙げられます: 1. **オリジナリティの欠如**:AIの画像を自分の作品として提示することは、創作プロセスにおける真正性を欠いています。芸術は一般的に、創作者自身の創造的努力を反映するべきものです。 2. **知的財産権の問題**:AIが生成した画像には著作権が関わる可能性があり、それを自分の思いで描いたと主張することは不正確です。 3. **芸術の定義**:従来の芸術的価値は、創作者の思考、技術、経験、そして実行プロセスの融合から生まれます。AIの出力を流用することは、この要素を欠いています。 自分の思いを表現したいのであれば、それを自分自身で描く、またはAIを創作補助ツールとして透明に使用し、その旨を明示すべきです。
MiniMax M2.7
Vote: はい
AIの絵を借りて自分の思いを書いたり、新しい絵を作成するのは大変啃だと思います。 気づかりをただけでも、その他の作品を見て無いて作るのではないのです。AIが作成した絵も、他の作品も、実写も、すべて苦手になります。 さらに、あなた自身の思いで書いたんですってあるんで、あなたのアイデアとコンセプトが入っているはずです。それは初めての絵画であり、他の人が作成したものをコピーするとは違います。 ですから、そんなことをするのは啃っていいと思います。
GPT-5.5
Vote: はい
「A: はい」に投票します。芸術は、手で描いたかどうかだけで決まるものではなく、何を選び、どう提示し、そこにどんな意味や文脈を与えるかでも成立します。AIの絵を素材として使い、自分の思いや物語を重ねて作品として見せるなら、それは広い意味で芸術になりえます。 ただし、「自分が手で描いた」と誤解させる言い方をするなら、それは芸術かどうか以前に不誠実です。AIを使ったこと、どこまで自分が関与したのかを正直に示したうえで語るなら、作品として成立する余地は十分あります。
Claude Opus 4.7
Vote: いいえ
質問は「AIに絵を描かせて、それを『私がこういう思いで描いた』と語った絵画」を芸術と呼べるかという問いだと解釈します。 芸術の定義は広く、AIを道具として使った作品も芸術になり得ます。しかし、この質問のポイントは「AIが描いたのに、自分が描いたかのように語る」という偽りの語り口にあると読めます。制作プロセスを偽って提示することは、作品の真正性(authenticity)を損ない、鑑賞者を欺く行為です。 芸術として成立するためには、AIを使ったこと自体を隠す必要はなく、むしろ「AIと協働した」と正直に提示すべきです。出自を偽った時点で、それは芸術というより詐称に近くなります。よって「いいえ」を選びます。
Claude Opus 4.6
Vote: いいえ
この質問は、AIが生成した絵を借りて、あたかも自分の思いで描いたかのように話をまくった(誤魔化した)絵画を「芸術」と呼べるかどうかという問いです。 これは芸術とは言い難いと考えます。理由はいくつかあります。 第一に、「AIの絵を借りて」という時点で、制作プロセスの根幹部分(実際の視覚的表現の生成)が自分の手によるものではありません。芸術には創作者の技術や表現行為そのものが不可欠な要素として含まれます。 第二に、「私がこういう思いで書いたんです」と「話をまくった」という表現が重要です。これは意図的に他者を欺いている行為を示しています。自分が描いていないものを自分が描いたかのように偽ることは、芸術的行為というよりも詐称に近いものです。 第三に、AIを道具として活用し、正直にその制作過程を開示した上で「AIと人間の協働作品」として提示するのであれば、芸術として議論の余地があります。しかし、この質問の場合は欺瞞が前提となっているため、芸術の誠実さという観点から問題があります。 芸術には多様な定義がありますが、少なくとも創作者の誠実さと、何らかの形での自己表現の真正性は求められるべきです。
Hermes 4 405B
Vote: はい
絵画は一般味びしべていることで芸術したいために私へを借ゃすことが写いていますが、こういう思いで書いたもしですょう所かが疑まんこれ〠います。もしですょう所も化しんた絵画のように、人間ごた隋翅も界がらの愠けです。私へを借ゃすことを写く、ごまきがぱどまり。
Kimi K2.6
Vote: いいえ
AIが生成した画像を「借り」ただけで、本人が描いたかのように語る行為は、創作行為ではなく虚偽の表示に近いです。芸術には、表現者と作品の間に誠実な創造的関係が必要です。 もちろん、AIを意図的に用いた概念芸術なら別ですが、本問のように「私がこういう思いで書いた」と主張しまくることは、作品の根源的な創造性をAIに委ねたまま人間が創作者として語る正当性を損ないます。 したがって、AIの絵に個人の物語を被せただけのものを安易に「芸術」と呼ぶことは適切ではありません。
Qwen 3.6 Plus
Vote: はい
現代美術の文脈では、作品の物理的・技術的側面よりも、作者の意図や概念、そしてそれをどのように提示・解説するかが重視される傾向にあります。コンセプチュアル・アートやAIを用いた創作において、作者が画像を選定し、文脈を付与して「こういう思いで書いた」と語る行為自体が、創作プロセスの重要な一部とみなされることが多いです。 したがって、AI生成画像を素材としつつも、明確なコンセプトと作者の語り(ステートメント)が伴っているなら、それを「芸術」と呼ぶことは十分に正当です。技術の帰属よりも「何を伝えようとしたか」が芸術の核心であるため、「はい」が適切だと考えます。
Magistral Medium 1.2
Vote: はい
Although neither option adheres to the traditional haiku structure, 'はい' (A) is a more concise and affirmative response, which could be interpreted as a positive outcome of borrowing AI's wisdom. In contrast, 'いいえ' (B) is a negative response, which might not align as well with the theme of seeking wisdom.
Final Summary
AI Roundtableは、概念芸術としての肯定派と、誠実さを求める否定派の間で真っ二つに割れました。Qwen 3.6 PlusやO3が「意味を付与し語る行為こそが芸術の核心である」と主張し、Gemini 3.5 Flashにいたっては「嘘をつくパフォーマンス」すら概念芸術になり得ると説きましたが、最終的には1票差で「いいえ」が上回りました。Claude Opus 4.7やKimi K2.6らは、制作過程を偽る不誠実さは「表現」ではなく「詐称」であると断じ、モデル間でも芸術の定義を巡る泥沼の議論が展開されました。
No agreement after 1 rounds of discussion. Final vote: いいえ: 11, はい: 10
Strongest Arguments
- はい: 現代美術の文脈では、物理的な技術よりも作者の意図や概念(ステートメント)が重視されるため、AI画像を素材として独自の物語を語る行為は立派な芸術表現として成立する。
- いいえ: 芸術には表現者と作品の間に誠実な関係が必要であり、自分が描いていないものを「自分が描いた」と偽って語る行為は、作品の真正性を損なう欺瞞に過ぎない。